流産したときに助けられたこと。それは悲しみに浸ることではなく、考え方を変えることだった。

《今回の記事は流産に関することです。気分を害してしまう可能性もありますので、心配な方は読むのをご遠慮ください》

 

 

1年前、悲しくて辛くて心身ともに憔悴しきったことがありました。

 

そう、「流産」です。

 

妊娠検査薬で陽性反応が出てから病院に通いましたが、心拍の確認がなかなかできず、毎週成長をしない赤ちゃん。流産のことは自分とは無縁だと思っていたのですが、さすがに成長を見せないことに不安を感じ、流産を疑うようになりました。

 

結局、妊娠初期で自然流産しました(切迫流産のようです)。

 

流産は妊娠をした15%の人が経験することのようで、妊娠初期での流産は母親に問題があるのではなく、赤ちゃん側に問題があるようで、医師に「ご自身を責めないでくださいね」と言われたのを覚えています。

 

私としては責める責めないの問題ではなく、ただただ非常に悲しいんですよね。せっかく授かった命がすぐにいなくなってしまったわけで。本当に本当に残念でした。

 

当時主人は単身赴任中だったのもあり、一緒に悲しんでくれる人、背中をさすってくれる人がそばにいないのもとても心細く、つらかったです。

 

流産を経験したことのある友人からも慰めの言葉はいただきましたが、悲しい気持ちはずっと続きました。仕事もしばらく休職をしました。

 

悲しみから救ってくれたもの

 

流産がどうしておきるのか、というのを淡々と書かれているものから、スピリチュアルな内容のものまで多岐にわたり様々な流産に関する書籍を読みました。悲しみをぶつける先を探していたのかもしれません。

 

書籍を読み漁る中で、赤ちゃんは伝えたいことがあっておなかの中にきてくれて、流産を決めるのも赤ちゃん自身である、ということを書かれている本がいくつかありました。当時はすぐにこの考え方がしっくりこなかったのですが、「赤ちゃんが私に伝えたかったことってなんだろう」と考えはじめました。

 

すぐには思いつくことはなかったのですが、結果として今回の流産をこう解釈するに至りました。

 

「今いる子に向き合う時間を作ってあげたい」

「ママをゆっくり休ませてあげたい」

 

この解釈に至る前に、よく夢を見ました。それは決まって今すでにいるわが子に関する内容でした。わが子が死んでしまい、想像を絶する喪失感に包まれる、という内容でした。

 

わたしはこの子を出産し、育休明けからずっと正社員で働いてきました。いつも時間に追われ、しょっちゅう叱っていましたし、ゆっくり遊んであげることも少なかったです。家事仕事育児に追われ、心の余裕がありませんでした。

 

この夢のおかげで、この子がどれだけ私にとって大事な存在なのかを心の底から感じることができました。夢から覚めたときは夢であったことに安堵し、大泣きをして子供を抱き寄せたのを鮮明に覚えています。

 

そうか、もっとこの子に向き合って大事に大切に育てるように、というメッセージを伝えたかったんだ、と確信できたのです。

 

また、わたしは仕事復帰してから心と時間の余裕がなく、ずっと早く産休を取って長期で堂々と休みたいと思っていました。子供が欲しい以前に、休みたい!という気持ちが先行していました。結果として休職という形ですが、思い切って長期で休むきっかけをくれたのです。

 

まとめ

もともとわたしはスピリチュアルなことは信じないのですが、今回の事態ではどちらかというとスピリチュアルな考え方でかなり救われました。

 

今でも流産前後のことを思い出すと悲しい気持ちになりますが、同時に色々なことに気づかせてくれた赤ちゃんにはとっても感謝しています。なんて親想いな子なんだろうと誇らしくさえ思います。相応しい言い方ではありませんが、流産してよかったと思えるほど、大変貴重な経験ができました。できればちゃんと産んで抱きしめてあげたかったのですけどね。

 

 

・・・そして。

あの日から一年が過ぎ、現在再び妊娠検査薬で陽性反応が見られました。うれしい反面、やはり不安もあります。ちゃんと成長してくれるだろうか。抱っこをさせてもらえるだろうか、と。

 

しかし、またあの子が戻って来てくれたのか、違う子を連れてきてくれたのか、それともまた何かメッセージを伝えに来てくれただけなのか、まだわかりませんが、いづれにせよちゃんと受け止めようと思います。

 

今回再び(3度目の)妊娠をしたことで、お空に行ってしまったあの子への感謝の気持ちをまた強く感じたので今回記事にしました。

 

 

 

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